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昭和13年災害スケッチ集(1)
高山超陽画伯は、大佛次郎ほかの推奨にもあるように「生来名利に疎かった」ようで足跡は現在ほとんど残されていません。
現在わかっているのは、荒木寛畝門下で昭和6年頃には鎌倉で修行を行っていたこと、昭和16年に大阪三越で個展を行い、花鳥画20点を出展したこと、及び昭和28年まで長田区に住居していたことだけです。超陽画伯がスケッチを描いた昭和13年当時は、神戸市に居住していたものと思われます。
このスケッチ集は、最近になって当時の神戸市山地課長故山本吉之助氏の蔵書から発見され山本宗生氏から兵庫県に寄贈されたもので、現在は兵庫県立人と自然の博物館に保管されているものです。
現在わかっているのは、荒木寛畝門下で昭和6年頃には鎌倉で修行を行っていたこと、昭和16年に大阪三越で個展を行い、花鳥画20点を出展したこと、及び昭和28年まで長田区に住居していたことだけです。超陽画伯がスケッチを描いた昭和13年当時は、神戸市に居住していたものと思われます。
このスケッチ集は、最近になって当時の神戸市山地課長故山本吉之助氏の蔵書から発見され山本宗生氏から兵庫県に寄贈されたもので、現在は兵庫県立人と自然の博物館に保管されているものです。
![]() 住吉駅前(神戸市東灘区) |
![]() 都賀川上流付近(神戸市灘区) |
![]() 濁流に呑まれた灘南河原町(神戸市灘区) |
![]() 平野付近 天王谷川の氾濫(神戸市兵庫区) |
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